祈祷殿


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●祈祷殿内部写真●

眼守不動明王が祀られていて、昔は護摩堂と言われました。 眼病祈祷のほかに智慧学問、交通安全など、眼にかかる霊験あらたかな祈祷戒壇であります。 総ケヤキ造りのお堂の内外には佐藤玄々(げんげん)の見事な彫刻がみられます。 中でも二人の男が棟木を持ち上げた恰好の『力持ち』の彫り物は、玄々の力作として有名です。
 玄々は、いつも傍らに酒がなければ彫れなかったといわれるほどの酒好きでした。 このお堂の彫り物をはじめるときにも「あんど釜」にいっぱいの酒があるならば彫ってやろうという条件であったのです。 寺の住持は困ってしまいましたが托鉢して、それを酒に代えて、 幾日もかかってようやく大釜に半分ほどの酒を入れました。 しかし玄々は、彫り物が全部終わらないうちに酒を飲み尽くしてしまったのです。 酒の切れ目が縁の切れ目となって、彫刻が未完成のまま玄々は飄然とここを去って行きました。
 住持は、玄々を呼び戻すために、もういちど大釜に酒を入れはじめました。 ところが今度は、いくら入れても大釜の酒はいっぱいにならないのです。
 住持は大釜にしるしを付けておきました。 酒はいつも夜になると減ることがわかりました。 住持はある夜、そっと見張っていて、とうとう犯人を捉えましたが、 それはなんと予想していた玄々ではなくて、玄々の彫った二人の『力持ち』が、 毎晩出歩いては大釜の酒を飲んでいたのでした。
『力持ち』はすごすごと自分の持場に戻りましたが、このとき住持からの七ツの戒律を受けて、 それからは動けなくなってしまったといわれます。

* 佐藤玄々は明治二十一年に福島県相馬市に生まれました。 子供のころから彫技にすぐれ「雲慶のあとには玄々あり」といわれたほど充実した作品を次々に製作しました。 東京・三越本店ホールにある高さ十一メートルの天女立像は、玄々の最後の作品です。



現在地です。


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